子どものころから知っている「桃太郎」は、いい話でしょうか。
おじいさんとおばあさんに育てられた桃太郎が、仲間を連れて鬼を退治し、宝を持ち帰る。多くの人にとっては、迷うことのない「いい話」だと思います。けれども、心理職がこの物語をひとつの「事例」として読んでみると、少し違った姿が見えてきます。この記事では、桃太郎を手がかりに、昔話を心理学で読むとはどういうことかを整理してみます。
昔話を「事例」として読むということ
心理学、とくに精神分析やユング心理学の流れでは、昔話や神話は、人の心のありようを映すものとして読まれてきました。日本でも、河合隼雄がユング心理学の立場から日本の昔話を考察し、北山修は日本神話から「見るなの禁止」という考えを取り出しています(小此木ほか, 2002)。
ここで大事なのは、物語の「正しい解釈」を一つに決めることではありません。事例検討では、同じ出来事を前にして、立場の違う人がそれぞれの見え方を持ち寄ります。答えを急がず、どんな問いが立つかを確かめていく。昔話を事例として読むときも、同じ姿勢が役に立つと私たちは考えています。
鬼はなぜ「悪い者」なのか——分ける心と、外へ投げ出す心
桃太郎の世界では、「よい者」と「悪い者」がはっきり分かれています。桃太郎の一行はよい者で、鬼は悪い者。両者が分かり合う場面はありません。
精神分析には、こうした心の動きを表すことばがあります。ひとつはスプリッティング(分裂)です。よいものと悪いものを分け隔てて、触れ合わないようにしておく心の働きを指します(小此木ほか, 2002)。もうひとつは投影で、自分の中にある認めがたい感情を、外の誰かに属するものとして見てしまう心の働きです(梅津ほか, 1981)。
松木(1996)は、勧善懲悪の時代劇や『桃太郎』『一寸法師』のような童話に、よい者と悪い者が分かれたまま、悪い者は切り捨てられる心の世界が映っていると述べています。
収録した対談でも、「鬼は、もともと自分たちとは違う外の存在で、その存在への不安や恐れを、勝手に悪者にしているのではないか」という読みが出ました。一方で、「鬼は角があって武器を持っていて、怖い存在として描かれている」という素朴な受け取り方も出て、意見は分かれました。どちらが正しいかではなく、私たちが「悪い者」をどう作り出すのかを考える入口になります。
芥川龍之介も、短編「桃太郎」で、平和に暮らす鬼の島に桃太郎が攻め込んでくる物語を書いています。視点を鬼の側に移すだけで、同じ話がまったく違って見えるのは、昔話を読むおもしろさの一つです。
家来と、おじいさん・おばあさん——物語に映る関係のかたち
桃太郎は、犬・猿・雉を「家来」にします。友達でも仲間でもなく、きび団子と引き換えに従う関係です。対談では、「物で釣って言うことを聞かせる、支配の関係に見える」という読みと、「戦いに行く以上、それは軍隊だから」という読みが出ました。
もう一つ目を引くのは、桃太郎を育てるのが父母ではなく、おじいさんとおばあさんだということです。日本の昔話には、おじいさんとおばあさんがよく登場します。対談では、昔話が「悪いことをしてはいけない」「親孝行をしなさい」と、しつけのために語られてきた面があるのではないか、という見方も出ました。物語の中の関係のかたちは、語り継いできた社会の関係のかたちを映しているのかもしれません。
語り継がれるうちに、何が落ちるのか
昔話は、語り手や絵本ごとに少しずつ形が違います。鬼が村で人をさらったり、宝を奪ったりする場面がはっきり描かれている絵本もあれば、そうした場面がなく、桃太郎が自分から鬼退治に出かける話もあります。
対談では、「もし奪われた宝を取り返す話が大事だったなら、その場面こそ語り継がれるはず。なのに省略されがちなのは、『悪そうな者は懲らしめてよい』という感覚のほうが残っているからではないか」という見方が出ました。何が語られ、何が落ちていくのか。そこにも、語り手と聞き手の心が映っています。
子どもと読むとき、大人にできること
保育の現場では、子どもたちは昔話を自分なりに受け取っています。対談では、なぜお供が猿と雉と犬なのかを、年長の子どもたちと一緒に調べた話も紹介されました。鬼のいるとされる丑寅(北東)の方角に対して、十二支の円で向かい合う側にいる申・酉・戌が選ばれた、という説にたどり着いたそうです。
大人が「これはこういう話」と答えを決めてしまわずに、子どもが持った疑問を一緒に面白がる。「鬼にも家族がいたのかな」「家来じゃなくて友達だったらどうなるかな」と問いを返してみる。昔話は、そうした対話のきっかけにもなります。私たちは、物語を通して、ひとつの出来事をいくつもの見方で眺める練習ができると考えています。
この記事の元になった対談
心理士と、保育・福祉・法律・創作など、人を支える仕事をしている仲間が、昔話を事例として検討した回です(約11分)。
▶ 桃太郎は、いい話なのか|心理支援Labの昔話事例検討会 #1 桃太郎編
※ 動画で話している動物たちの声と人物像は、AI で再構成したものです。
参考文献
- 松木邦裕(1996)『対象関係論を学ぶ——クライン派精神分析入門』岩崎学術出版社
- 小此木啓吾(編集代表)・北山修(編集幹事)(2002)『精神分析事典』岩崎学術出版社(「スプリッティング」「投影」「神話」の項)
- 梅津八三・相良守次・宮城音弥・依田新(監修)(1981)『心理学事典』平凡社(「投影」の項)
- 芥川龍之介(1924)「桃太郎」
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