子どものころに読んだ「さるかに合戦」を、覚えていますか。
サルにだまされ、青い柿を投げつけられて死んでしまった母ガニ。その仇を、子ガニたちが栗・蜂・臼・牛の糞と力を合わせて討つ。多くの人には「悪いことをしたサルが罰を受ける話」として残っていると思います。けれども、心理職と保育士、法律の研究者がこの物語をひとつの「事例」として持ち寄ってみると、「仇討ちは、なぜダメなのか」「恨みの世界で生きるとは、どういうことか」という、簡単には答えの出ない問いが立ち上がってきました。この記事では、さるかに合戦を手がかりに、恨みと報復を心理学で読むとはどういうことかを整理してみます。
「さるかに合戦」は、どんな話だったか
検討会で見たのは、YouTube の「まんが日本昔ばなし」公式チャンネルにある『手話つき さるかに合戦』です。サルが「種を植えれば実がなる」と言ってカニのおにぎりと柿の種を交換させ、実がなるとサルが木に登って自分だけ食べ、カニには青くて固い柿を投げつける。カニは死に、お腹から出てきた子ガニたちが、栗・蜂・臼・牛の糞に助けを求めてサルの家で仇を討つ。おおむね、こういう筋です。
対談でまず出たのは、「知っている筋と違う」という声でした。カニが怪我をするだけの版もあれば、母ガニが殺される版もあります。改めて見ると、ずいぶん残酷な話です。母親が殺され、子どもたちが「親の仇を取る」と仲間を募る。勧善懲悪の物語というより、復讐の物語として読めてしまう。ここから、問いが始まりました。
仇討ちは、なぜ禁じられたのか——法律の目で読む
日本では、仇討ちは明治 6 年(1873 年)に禁じられ、近代の法体系では「自力救済(被害を受けた人が自分の力で取り返すこと)」は原則として認められていません。江戸時代には美談として語られもした仇討ちが、なぜダメになったのか。対談で出た答えは、素朴ですが腑に落ちるものでした。「きりがないから」。仇を討てば、今度はその仇討ちが始まる。物語のあとで、サルの仲間が子ガニたちを懲らしめに来ない、とは誰も言えません。
法律の目で読むと、ほかにも問いが立ちます。おにぎりと柿の種の交換は詐欺なのか。対談では、「詐欺が成立するには、だまされた側がその言葉を信じて自分から差し出すことが要る。カニは納得していないのに奪い取られているから、むしろ強盗に近い」という読みが出ました。カニの側の反撃は正当防衛なのか。これも、「正当防衛は、いま目の前で起きている不正な侵害にやむを得ず応じる場合の話。日をまたいで仲間を集めてからの反撃は、防衛ではなく仇討ち」という整理になりました。サルも子ガニたちも、いまの法律の下ではどちらも罪に問われる。「人望があろうがなかろうが、まず裁判所へ」という一言が、笑いとともに出ていました。
子どもには、何が伝わるのか
保育の現場では、昔話のシリーズはどの園にもほぼ揃っていて、「やり返しはダメ」と教えつつ、この話も読まれています。対談では、子どもに伝わっているのは「悪いことをすれば自分に返ってくる」という因果応報の感覚と、栗・蜂・臼・牛の糞が得意なところで力を合わせる「協力」の面ではないか、という見方が出ました。
一方で、「それは教訓というより、悪いことをしたらひどい目に遭うぞという脅しではないか」という読みもありました。どちらが正しいかは決められません。ただ、子どもはサルの立場でこの話を見てはいない、という指摘は大事だと思います。子どもは、やられた側・やり返す側に自分を置いて物語を受け取る。大人が「協力の話だよ」と言い添えても、子どもの中に残るのは別のものかもしれません。
まったく別の読みも出ました。「人望の話に見えた」というものです。意地悪で欲深いサルは、みんなに嫌われて外されていく。復讐が成功するかどうかより、自分のことしか考えずに相手を貶めると仲間を失う話として読めるのではないか。同じ物語を前にして、これだけ受け取り方が違う。それ自体が、昔話を事例として読むおもしろさです。
「恨みの世界」とは何か——良い対象と悪い対象
ここで、対談の後半に出てきた「恨みの世界に入り込んでも、幸福は訪れない」という言葉を、心理学のことばで考えてみます。
精神分析の対象関係論、とくにメラニー・クラインの流れでは、人の心の中に「良い対象」と「悪い対象」が分かれて存在する状態を想定します。乳児は、自分を満たしてくれる相手を良い対象、欲求不満を与える相手を悪い対象として、同じ人であることに気づかないまま別々に体験している。そして自分の中の攻撃や怒りを悪い対象に投げ入れるため、相手は報復してくる恐ろしい存在に感じられる。この心の状態を、クラインは「妄想分裂ポジション」と呼びました(小此木ほか, 2002)。乳児だけの話ではなく、大人の心の中でも形を変えて働き続けると考えられています。
松木(1996)は、良い対象と悪い対象が分かれたままの世界を、宗教が描く天国と地獄のように分離された二つの世界として描き、悪い自己と悪い対象のあいだでは「目には目を、歯には歯を」の憎しみからの報復が繰り返され、関係はどんどん破壊的になっていくと述べています。興味深いのは、松木が勧善懲悪の時代劇や『桃太郎』とともに『さるかに合戦』を名指しで挙げ、良い者と悪い者が分かれたまま悪い者は切って捨てられる物語に、傷ついた対象に向き合うことを避ける心の世界が映っていると見ている点です。
対談で「恨みの世界」と呼ばれていたものは、この分かれた世界のことだと言えそうです。悪いのは自分ではなく周りのやつだ、という見え方。その世界では相手を倒すことが解決に見えますが、倒したあとに残るのは、また報復を恐れる世界です。対談では、「BAD の世界がとても大きい人にとって、復讐をしないことは無理に近い。でも、BAD の世界がそれほど大きくないのに GOOD の世界が見えなくなっている人なら、どうにかなるのではないか」という見方も出ました。
復讐を捨てるとは、どういうことか
「復讐を捨てるのは難しい。自分の子どもに危害が加えられたら、腹の底から煮えくり返って、恨みの世界に突入してしまうと思う」。対談で出たこの言葉は、多くの人の実感に近いでしょう。復讐しても救われないことは分かっている。それでも、恨みを手放すことは「明日から復讐しないように頑張る」と決意して済む話ではない、という点でも意見は一致していました。
松木(1996)は、相手を悪いものと決めつけて傷つけてきたことに目を向け、悲しみや悔いを味わっていく過程を「心の痛みを味わう」と表現し、喪失の悲しみに恨みや嫉妬のような被害感情が混ざると、悲しみの味わいが消えて情緒は深まらないとも述べています。復讐を捨てるとは、我慢することでも正しい側に立つことでもなく、失ったものを失ったものとして悲しむ作業が進むことなのかもしれません。対談でも、「それをやっている限り、喪失はできない」という言葉が出ていました。
もう一つの問いは、攻撃衝動と正義の関係です。人の攻撃衝動には、ふだんは禁止がかかっているはずです。ところが「正義」の名のもとに、それを解き放ってよいことになる瞬間がある。仇討ちはその典型でしょう。そんな解放の仕方をしても、結局その世界から抜け出せない。大事なのは攻撃をどう出すかではなく己を振り返ることなのだろうが、それはとても難しいから、人は安易な方へ行く。「そういう人ばかりではないから、ルールが必要になる」という一言が、法律と心理学をつなぐ着地点になりました。
「カニが同じ態度でサルと付き合い続けたら、また同じことが起きる。カニ自身が変わることも、本当の幸せのためには必要かもしれない」という読みも出ました。では、やられた側が内省して変わる昔話はあるのか。対談では誰もすぐに思い浮かびませんでした。ご存じの方がいたら、ぜひ教えてください。
昔話の世界は、不幸だったのか
最後に出たのは、「昔話の世界は恨みつらみの世界で、あの人たちはみんな不幸だったのではないか」という読みでした。食べ物が足りず、かわいそうな人が普通にいた時代には、こういう話のほうが受け入れられたのかもしれない。正しいかどうかは誰にも分かりませんが、昔話を事例として読むと、物語の中の人物だけでなく、語り継いできた人たちの心の世界も見えてくるように思います。
私たちは、物語の「正しい解釈」を一つに決めたいわけではありません。仇討ちはなぜダメなのか、恨みの世界で生きるとはどういうことか、復讐を捨てるとは何をすることなのか。答えを急がずに問いを並べ、立場の違う人の見え方を聞く。心理支援Lab で日々やっている事例検討と昔話を読むことは、同じ姿勢でつながっています。あなたは、この話をどう読みますか。
この記事の元になった対談
心理士と、保育・福祉・法律・創作など、人を支える仕事をしている仲間が、昔話を事例として検討した回です(約 20 分)。
※ 動画で話している動物たちの声と人物像は、AI で再構成したものです。
※ 検討会で見た昔話は、YouTube「まんが日本昔ばなし」公式チャンネルの『手話つき さるかに合戦』です。

参考文献
- 松木邦裕(1996)『対象関係論を学ぶ——クライン派精神分析入門』岩崎学術出版社
- 小此木啓吾(編集代表)・北山修(編集幹事)(2002)『精神分析事典』岩崎学術出版社(「妄想分裂ポジション」「抑うつポジション」「攻撃性」の項)
- 氏原寛・亀口憲治・成田善弘・東山紘久・山中康裕(編)(2004)『心理臨床大事典 改訂版』培風館(「良い対象・悪い対象」の項)
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