どうせやらない心理学の技に潜む意味





レポート:FromU心理師 谷 里子

はじめに

前回の記事では運動が苦手な人が日常で工夫できる身体の動かし方について述べました 。 (https://fromu.jp/funote/article/recomend-exercise)
この記事を書いたところ、「運動が大切って記事だけれど、書いてる谷さんは運動してないよね?」と沢先生からツッコまれました。
えぇ、してない!厳密にいうと、そんな激しい運動はしてない!軽いのはしています(笑)。

以下の文章は完全に私の個人的な思いというか、エッセイです。

しなくていい支いの選択肢

私は修士論文で「レジリエンス(精神的回復力)を高めるには運動(身体活動)が効果的である」という内容を書きました。
修論の内容は、当たり前の結果という感じかもしれません。スポーツができる時点ですでに健康的ですし。確かに当たり前の研究なのですが、例えばこれを考察で「スポーツクラブに入ろう!」とか、体育会系の話にするのはとても嫌だったんですね。なぜかというと私が運動が嫌いだし、そんなこと言われてもできるわけがない、と思っていたからです。

そして、精神的に落ち込んでいる方たちの中でも、例えばうつ状態が悪化し、トイレに行くことすら億劫になる方もいらっしゃいます。Twitterで「オムツがあればいいのにと本気で思う」といったツイートも見たことがあります。
そういうメンタルの状態の時に、「運動するのがいいですよ!」と言われても、心に響かないのではないでしょうか。
 先ほどの記事で述べた「座位行動(座りすぎ)」を減らす、というのは、実は「なんでもいいからベットから起き上がってみる。ペットに餌をやること、シャワーを浴びること、それだけでも座位行動を減らしたことになる」という意味も込められています。
こう考えると身体活動といっても様々なものがあって、日常生活のささいな行動で意識や気分が変わるきっかけになるのかもしれません。

このような、「ささいな日常生活の中に役立つヒントが隠れている」という研究(以下、ささいな研究シリーズ)が私は好きなのかもしれません。
この「ささいな研究シリーズ」は、私の家族の文化に根付いているようです。
例えば私の母親は漢方に興味があり、学校でもその分野を学んでいました。
その理由も「その辺に生えてる草がどうやら健康にいいらしい」という、日常に転がっているものが実は役に立つという学問に興味を惹かれたそうです。
また、父親も化石の収集が好きで、「その辺に埋まっている石がどうやら価値があるらしい」というまさに原石を見つける鉱山学を学んでいました。このように、私の家族も、ささいな日常生活や自然の中にあるものに価値を見出すことに関心があったようです。

そして、私がなぜ座位行動や運動の研究に惹かれるのかといったら、両親の考えと同じように、ささいな日常生活の中に含まれており、誰でも負担なく、お金をかけずにできる行動だからだと思います。医学的なアプローチだと、朝日を浴びるとセロトニンの神経が活発になるなど、いろんな「ささいな研究シリーズ」は数多くあります。しかし、心理学のアプローチからそういった「ささいな研究シリーズ」は、なかなか少ないように感じます。心理職含め多くの支援者の方が、こういった精神的に回復できる方法を知っていたら、きっとカウンセリングにも役立てられるのではないかな、とこっそりと考えています。



最後に

近年、マインドフルネスという概念が流行っていますが、ただのお散歩も、景色を眺めたり、お花の匂いを嗅いだり、様々な五感を使うマインドフルな行動とも言えるかもしれません。
そうやって考えてみると、運動や身体活動・座位行動の研究って奥が深くて面白いのかもしれません。単に動けばいいのではなく、もっと精神的に落ち込んだりストレスを抱えている人にフィットする動き方ってきっとあるんだと思います。
「ささいな研究シリーズ」で、皆さんが元気になっていく要因をこれからも研究して世の中に還元していきたいと思っています。

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