新型コロナウィルス感染症の軽症者に、後遺症の自覚がない場合でも感染後6-9ヶ月の間に注意力や記憶力の低下が見られることが英オックスフォード大学の研究で示された。
大手通信社、トムソンロイター(2022/01/19)
「コロナ軽症者、注意力や記憶力低下 後遺症の自覚なくても=英研究」これは、大手通信社トムソンライターの記事を引用したネットニュースの見出しです。
このことに関して、専門領域のひとつなので使命感もあって見解を伝えたいと思います。
私は認知機能で博論を書いて、その後の論文数は多くないですが注意力に関しての心理臨床と相談は専門としてそれなりにやってきました。”ストーブ消し忘れ”と検索すると上位に私の書いた記事がヒットするのも注意力を専門としている身としては少し誇りがあります。
いや、別に専門家のブログなんて読みたくないよ。という方は、以下、報道元の論文をみてみてください。上記の見出しと印象がだいぶ変わるかと思います。
Sijia Zhao, Kengo Shibata, Peter J. Hellyer, William Trender, Sanjay Manohar, Adam Hampshire, Masud Husain, Rapid vigilance and episodic memory decrements in COVID-19 survivors, Brain Communications, Volume 4, Issue 1, 2022, fcab295, https://doi.org/10.1093/braincomms/fcab295
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COVID-19で注意力が低下する?
さて、専門家の一人として何を伝えたいかというと、まだ注意力が低下するかなんて「わからない」ということです。
このコロナ禍で「想定外」があたりまえになりつつある時代ですが、人の心や認知機能こそずっと前から「想定外」な世界でした。論文でも注意力などの認知機能や障害について「脳のA」という部分が関係しているという研究者がいれば、いや「脳のBだ」という研究者もいる世界です。平時でさえわからない「注意力」やその成り立ちがコロナウィルスでどうなるかなんてまだ「わからない」というのが正直なところだと思います。これを伝えたいのです。
そもそも人を対象にした研究は、ある人間のある時のある空間での部分を切り取った中での仮説の積み上げに過ぎないと研究者は知っています。だから、注意力に関係している脳の部位が「A」であったり「B」であるという結論が同時に出てきても問題はないのです。
しかし、マスコミがある研究を取り上げて「最新」として報道するとそれがすべてに当てはまる新事実のように思えてしまう人も多いのではないでしょうか。そして不安になりませんか?
正直、まだわからないのです。
コロナ禍で心理士/師として傍観しているのは、本当はわからない複雑な過去・現在・未来の事態について「危険だ!」とわかったように警鐘を鳴らすタイプと「安全だ!」とわかったように警鐘を鳴らすタイプの二極が目立ってマスコミが取り上げていることです。そもそも極端な発言や言動は目立つことを経験上わかることと思います。加えて、ひとり一人の判断や感情は集団内でさまざまな経験を通すうちに極端な方向に向く集団極性化という現象があると心理学では知られています(集団極性化について解説した動画は一番下で紹介します)。
では、どうすればいいのか。結局は、自分で判断するしかない事態・時代になっていると思います。そもそも人生そのものに正解もないし、このコロナ禍でどうたち振る舞うのか正解もないです。臨床心理学的には、人それぞれに幸せがあって、よく考えて「自分で判断していく」主体性が大事だと、クライアントさんの話を聞く中で感じてきました。
外からの情報に踊らされるのではなくて、外の情報を取り入れたうえで自分の心の声を聞いて判断する必要があるのだと思います。そのことで私がいつも思い出すのは、東日本大震災直後のときにある病院の医局である医者が「福島の原発が危ないらしい」とマスコミより早くに言い出していたことです。津波の映像がテレビで報道される中で、その医者はSNSなどのインターネットを通じて情報を自分の中に集めて、自分の判断として福島が一番危機にあることを予見していました。
今、私もこうして情報を伝えていますが、最終的に自分自身でどう判断するかだと思います。
注意力はいろんなことに影響を受けやすいということです。報道の元となっている論文でも触れられているとおり、
there might be indirect effects of the virus on cognitive function mediated via a range of possible mechanisms, including immunological and microvascular changes
(免疫学的および微小血管の変化を含むさまざまなウィルスの間接的な影響が認知機能にある可能性があります)
Sijia Zhao, Kengo Shibata, Peter J. Hellyer, William Trender, Sanjay Manohar, Adam Hampshire, Masud Husain, Rapid vigilance and episodic memory decrements in COVID-19 survivors, Brain Communications, Volume 4, Issue 1, 2022, fcab295, https://doi.org/10.1093/braincomms/fcab295
直接的にウィルス『だけ』が注意力に影響を与えるということは考えづらいということです。簡単にいえば、コロナウィルスに限らず風邪をひくと途端に落ちるのが注意力と思います。熱でボーっとした経験は誰にでもありますよね。確かにコロナウィルスの後遺症として脳に霧がかかったような感覚の「ブレイン・フォッグ」が報告されているので懸念する事柄ではあります。その一方で、今の私が知る限り、COVID-19で死亡した患者の脳内にウイルスが入り込んでたというデータは見たことがありません。何らかのメカニズムで脳細胞を破壊している可能性は聞きますし、ありえる話と思います。
COVID-19で低下した注意力は戻る?
ただ、調子を崩すということは少なからず体のどこかが破壊されているということなので人間の回復性にも目を向けるべきかと思います。報道の元となった論文でも
both vigilance and episodic memory decrements gradually resolved over time. Episodic memory returned to normal levels after 6 months and those who had COVID-19 over 9 months ago did not exhibit the vigilance decrement .
(注意深さと一時的な記憶力の低下の両方が時間とともに徐々に解消された。6か月後,エピソード記憶は正常レベルに戻り, 9か月以上前にCOVID-19を受けた患者は注意低下を示さなかった。)
Sijia Zhao, Kengo Shibata, Peter J. Hellyer, William Trender, Sanjay Manohar, Adam Hampshire, Masud Husain, Rapid vigilance and episodic memory decrements in COVID-19 survivors, Brain Communications, Volume 4, Issue 1, 2022, fcab295, https://doi.org/10.1093/braincomms/fcab295
って、書いてある!しかも、似たように回復を示したという別の論文も引用して「Reassuringly」とまで言っている。なのにニュースでは「後遺症の自覚がない場合でも感染後6-9ヶ月の間に注意力や記憶力の低下が見られる」という方を拾って、でも、その後は回復している結果にはほとんど触れていません。ヤバくないですか?
「あいつ、病気で注意力と記憶力すげー低下してるから」と耳打ちしてきた友人がいたとして、そいつが「(でも安心して!もう今は回復してるけどね)」という情報を意図して?知らないで?言ってきたとしたら、ちょっともう信用できません。
もちろんこの記事はコロナ禍の後遺症について安心しろ!といいたいわけじゃないんです。でも不安に騙され、不安で考えを止めずに情報を自分で判断してね。ということです。権威とか関係ありません。この記事についても同じことがいえます。間違ってること、勘違いしていることもあると思います。
だからこそ、僕らは情報を集めて交流して考え続けることが大事なんだと思います。その一つとして、専門家に相談する勇気もあるでしょう。複雑でまだわからないことが多いコロナ禍の事態、そして、僕が専門にしている心の障害については一つの正解や安心を求めるのではなく、自分で漂いながら判断していくことが大事なのだと思います。
おまけ 集団極性化について
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